なおきちの脱サラ学生パパ日記

脱サラ&大学編入の直後に長男が誕生&妻が新居購入。遅咲きの教育学研究者を目指す筆者(3x歳)の日々のバタバタと、妻すえきち・長男ともきちの観察記録です。

5/25(月)量的?質的?

みなさんは、量的研究とか質的研究とかいう言葉をご存知でしょうか。
僕は大学に入って初めて聞きました。
実はいまだよくわかっていません。
でもそろそろわかっておく必要が出てきました。
 

 

できるだけ簡単に言うと

「量的研究」っていうのは、調査対象の数にものを言わせた研究のことです。
何百、何千、何万、何十万という人を対象にしたデータを調べて、統計的な処理をします。
その結果として見えてきたものが結論ということ。
世論調査とか、心理学の科学的実験方法なんかがこれにあたります。
 
一方「質的研究」っていうのは、一つの事例にかかりっきりになって詳しく調べる研究のこと。
一つの事例なので、全部がこうなるとは言えないけど、そこには何かの真理があるはずということ。
医学的な症例研究とか、何かの組織の中で人の動きを観察したりするのがこれです。
現場主義なので、応用に向いた手法です。
極端なことを言えば、その場で改善しちゃうことだってできるわけで。
 

研究方法論の授業

僕はもともと会社で人材育成をしていたので、がっつり現場を経験してきました。
ただ、あまりに経験則に頼ることに行き詰まりを覚えて、科学的根拠を詰めないと社会貢献できないと思って退職、大学編入。
だから何の迷いもなく量的研究を勉強するつもりだったのです。
 
2つの研究方法をきちんと比較する必要性をひしひしと感じたのは、金曜日の高等教育開発の授業でのこと。
担当の先生は量的研究の専門家なので、これまでは量的研究の話が多かったのです。
聞いている僕も、うんうんこういう勉強をしたかったんだとウキウキしていました。
ところが、先週の授業で質的研究のメリットを聞いて、あれ?と思いました。
経験から仮説を立ててそれを現場観察で確かめて…これって今まで僕が会社でやってきたことなんじゃないかと。
 
仕事以外でも友達によく言われていたことです。
事実を知らないくせにあまりにもっともらしいことを言うからだまされる、と。
恥を恐れずに言えば、たしかに、説得力のある仮説を立てることにはちょっとだけ自信があったりします。
じゃあこれって研究者として武器にしたほうがいいんじゃないか。
量的研究のプロになるより、量的研究のプロと組める研究者になったほうがいいんじゃないか。
 
授業では、質的研究と量的研究のどちらが優れているか、2グループに分かれてディベートをすることになりました。
試しに、質的研究を推す側に立ってみることに。
最初はおとなしくしていましたが、最終的にはわりとガチで言い負かしてしまいました。
本当は、ディベートの目的は言い負かすことじゃなくて、議論の中で理解を深めていくことなのです。
ただ僕は自分の将来がちらちら見えていたので興奮してしまっていました。
 

師匠探しに悩む

ここで難しくなるのが、大学での師匠探しです。
師事したい先生は本当にたくさんいらっしゃいます。でも一応は一人を選ばないといけない。
うちの大学は完全なゼミ方式じゃなくて、卒論のテーマを5月に届け出たら学部のほうで論文の主査・副査を決めてくれる方式です。
とはいえ、卒論のテーマや研究方法を相談できる先生はどうしても必要。
 
修士課程からは高等教育開発論の講座に進むつもりでいます。
だからできれば卒論の相談もその講座の先生(10人くらいいる)にしたい。
でも、この講座は学部の授業を担当しない、大学院だけの講座なのです。
今受けている研究法の授業も、僕1人だけ学部生が紛れ込んでいる状態。
 
その担当の先生に師事しようと半ば決めかけていたのですが、量的?質的?と思ったら迷いが生じました。
量的研究のことを学ぶとしても将来は質的研究の道に…じゃあ質的研究は誰に学ぶのか、とか意味がわからない。
 
卒論はまだまだ先、なんて言ってられません。
早く師匠を探さないと。
 
今日の買いもの:
マクドナルドのホットコーヒー+ハッシュポテト…¥220
トロピカーナフルーツミックス…¥120
 
今日の勉強BGM:
ドラゴンクエストサウンドトラック(I・II・V) 
 
今日のすえきち:
▲ピザが大洪水
住宅ローンの事前審査にやや苦戦